INTRODUCTION

1985年『ポリス・ストーリー/香港国際警察』、1988年『九龍の眼/クーロンズ・アイ』、1992年『ポリス・ストーリー3』—そして2018年、『ポリス・ストーリー/REBORN』で伝説が新たに生まれ変わる!
製作総指揮・主演を務めたのは、2015年から経済誌「フォーブス」による世界で最も稼ぐ俳優ランキングで4年連続5位以内に入り、2016年には映画界に貢献した人物&団体に贈られるアカデミー名誉賞も受賞したアジアが誇るアクション・スター、ジャッキー・チェン。自身の代表作である大人気ポリス・アクション・シリーズを受け継ぐ本作では、警察の制服に再び身を包み、世界初となるオペラハウス屋上での危険なスタントを始め、本物の銃&弾丸&火薬を使った街中での大規模な銃撃戦、多数の高級車を潰した路上での派手なカー・チェイスなど、黄金期を彷彿とさせるアクションにも果敢に挑戦し、お馴染みの主題歌「英雄故事」も新たにレコーディングしている。
国際色豊かなキャストが集結し、過去作のエッセンスを踏襲した集大成とも言える、『ポリス・ストーリー』ユニバースの記念すべき10本目を飾る超大作が遂に日本上陸!

STORY

国際捜査官リン(ジャッキー・チェン)は危篤に陥った幼い娘を病院に残したまま、証人警護作戦に急遽駆り出されるが、ある陰謀に巻き込まれ、瀕死の重傷を負ってしまう—そして13年後、かつての事件を元ネタにした小説「ブリーディング・スチール」の出版をきっかけに、黒ずくめの犯罪組織&謎のハッカーなど、過去に因縁のある者達が次々に姿を現わし、正体を隠して暮らしていたリンも、事件の鍵を握る最愛の娘を守る為、再び立ち上がる!

PRODUCTION NOTE

ジャッキーをも魅了した見事な脚本

ジャッキー・チェンを主演に迎える超大作だけに、「並々ならぬ苦労があった」と語る、本作が監督2作目となるレオ・チャン。最高の物語に仕上げる為、当初の脚本からジャッキー側との交渉を経てクランクインまで3年7か月を要した。何故なら当初、本作はお馴染みの“ジャッキー式アクション・コメディ“になる予定だったからだ。しかも、レオ監督もジャッキーも当初の脚本にそれほど満足していたわけではなかった。その為、レオ監督が新たな要素をふんだんに盛り込んで生まれ変わった物語は、最終的にジャッキーを魅了することとなった。

実弾飛び交う究極の銃撃戦

香港からカースタントと爆発シーンの専門家として知られるブルース・ロウを迎え、ハリウッド大作に迫る視覚効果を目指した本作。撮影に使われたのは全て本物の銃と弾丸と火薬であり、アメリカから約40~50丁の銃、数万発もの弾丸、そしてTNT(トリニトロトルエン)火薬100㎏を持ち込んでいる。その結果、爆発シーンは中華圏映画のなかでも大規模なものとなり、最短で役者と1~2m程度の至近距離で爆発している。その為、俳優達は実際に銃弾のなかをくぐり抜けており、本作で脚本も務めるエリカ・シアホウはある爆発シーンの撮影中に頭部を負傷したものの、そのまま片手に銃を持ち、もう片方の手で傷口を押さえてシーンを撮り切った。ちなみに、オープニング13分の雨のなかのアクション・シーンは1700カットにも及んでいる。

世界遺産で世界遺産級のアクション

これまで世界各地のランドマークで様々なアクションをしてきたジャッキーだが、本作では世界初となるシドニーのオペラハウスを舞台に選んだ。地上から屋上まで少なくとも30分は掛かる上に寒暖差もあることから、トイレ休憩で撮影が遅れないように余り水分を取らずに臨んだ。また、制作発表会では、「アクション・シーンでいいところを見せようとは思わない。残りの人生を車椅子で過ごしたくはないからね」と語っていたジャッキーだが、撮影に入ると、「他にはないアクションを撮らないともったいない!」と屋上からの飛び降りだけではなく滑り落ちも披露。その結果、20年前に『WHO AM I?』で見せたロッテルダムの超高層ビルでのシーンを思い起こさせる名アクション・シーンが誕生した。

憧れのジャッキーとの共演に
大興奮のキャスト達

幼い頃からのヒーローだったこともあり、「現場で初めてジャッキーを見た時は緊張してしまい、ずっと木の陰に隠れて出て来られなかった」と語る、台湾の人気スター、ショウ・ルオ。彼がヘルメットを被って壁にぶつかり地面に転がるアクション・シーンの撮影では、ジャッキーが彼のケガを心配してスタントマンを使うように提案したが、彼は自分で演じ切ることにこだわり、ヘルメットも割れてしまう程の迫真の演技を見せた。 また、家族全員がジャッキーのファンということで、「ジャッキーの相手役を務められて感激した」と語る、撮影当時16歳だった美少女、オーヤン・ナナ。初めてのアクション映画ということもあり、彼女はジャッキー率いるアクション・チーム(成家班)のもと、アクション演技やワイヤーアクションなどのトレーニングを受けた。ジャッキーと同じように懸命に仕事をしたいと思った彼女は、制作発表会で、「足が折れても構わない」と語っていたが、ジャッキーは慌てて手を振りながら、「絶対ダメ!そんなことしたら君のママに殺される」と笑いを誘った。ちなみに、彼女の母親はジャッキーとは旧知の仲である女優、フ・ジュアン。また、彼女の伯母は日本でも活躍する歌手、欧陽菲菲である。

CAST&DIRECTOR

ジャッキー・チェン / リン
JACKIE CHAN
1954年4月7日生まれ、香港出身。7歳から10年間、中国戯劇学院で京劇の他、歌やアクロバットや武術の訓練を受ける。学院閉鎖を機にスタント俳優として映画界に入り、多数のアクション映画に携わる。76年には“第二のブルース・リー”として『レッド・ドラゴン』(未)に主演した後、『スネーキーモンキー/蛇拳』『ドランク・モンキー/酔拳』など、キャラクターを生かしたカンフー・コメディでブレイクを果たす。その後、『プロジェクトA』『ポリス・ストーリー/香港国際警察』など、監督・脚本も含めて全てこなすスタントが話題となり、アジアにおけるスーパースターの地位を確立。95年の『レッド・ブロンクス』は全米No.1ヒットとなり、ハリウッドに進出し、『ラッシュアワー』『シャンハイ・ヌーン』などのシリーズが制作された。12年に“最後のアクション大作”と称した『ライジング・ドラゴン』以降も映画出演の他、チャリティ活動なども勢力的に続けている。
ショウ・ルオ / リスン
SHOW LO
1979年7月30日生まれ、台湾出身。96年にアイドルユニット“四大天王”の一員としてデビューし、03年にソロ・デビュー。10年から台湾年間CD売上ランキングで4年連続1位を獲得し、ワールド・ツアーは70万人を動員。日本でも倖田來未とのデュエット曲を経て、12年に“SHOW”の名義で活動し、May J.とのデュエット曲も話題になった。“亞洲舞王(アジアのダンス・キング)”の異名を持つが、俳優としても活躍。近年は『西遊記~はじまりのはじまり~』『人魚姫』など、チャウ・シンチー監督作品に2作連続で出演している。
オーヤン・ナナ / ナンシー(シーシー)
NANA OU-YANG
2000年6月15日生まれ、台湾出身。伯母である歌手の欧陽菲菲も含めて芸能一家に育つ。6歳でチェロを始め、13歳でアメリカのカーティス音楽院に入学。美少女チェリストとして注目された後に芸能活動を始め、16年にアルバム「Nana 15」で日本でもデビュー。17年のアルバム「Cello Loves Disney」ではジャッキーと「ホール・ニュー・ワールド」をデュエットしている。一方、女優としてダンテ・ラム監督作品『疾風スプリンター』などにも出演している。
エリカ・シアホウ / スー
ERICA XIA-HOU
9月13日生まれ、中国出身。大学でダンスなどを学んだ後に中央戯劇学院で演劇を学び、09年に女優デビュー。その後、多数の映画やドラマに出演し、12年の『Chrysanthemum to the Beast』(未)ではジャッキーの息子ジェイシー・チャンと共演した他、15年の「四手妙弾」では主演を務めた。本作では脚本家としても参加するなど、多彩な才能を発揮している。
カラン・マルヴェイ / アンドレ
CALLAN MULVEY
1975年2月23日生まれ、ニュージーランド出身。オーストラリアのドラマやテレビ映画を中心に活躍し、12年に『ゼロ・ダーク・サーティ』でハリウッド・デビュー。その後、『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』『300<スリーハンドレッド> ~帝国の進撃~』『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』など、多数のブロックバスター大作に出演している。
テス・ハウブリック / 女殺し屋
TESS HAUBRICH
1989年5月12日生まれ、オーストラリア出身。ティーン・モデルとしてオーストラリアを中心にフランスや香港などで活躍した後に演劇学校で芝居を学び、09年に女優デビュー。ドラマやショート・ムービーに出演し、13年に『ウルヴァリン:SAMURAI』でハリウッド・デビュー。その後、『INFINI/インフィニ』『エイリアン:コヴェナント』など、SFアクション大作に出演している。

DIRECTOR

監督・脚本:レオ・チャン
LEO ZHANG
7月3日生まれ、中国出身。91年に河北芸術学院を卒業した後、唐山市歌舞団のメンバーとして楽曲制作を開始。その後、ドラマの脚本も手掛けるようになり、ショート・フィルムやCMやミュージック・クリップを演出。12年にはジェイシー・チャン主演作品『Chrysanthemum to the Beast』(未)で監督デビュー。本作ではジャッキーの推薦により、監督に大抜擢された。